父に言われた言葉で、今でも時々思い出すものがあります。
「お前たちは女だから、進学先はどこでもいい」
そんなような言葉でした。
当時の私は、その言葉がずっと引っかかっていました。「女だから」「期待されていない」「私はダメなんだ」そんなふうに受け取ってしまったんです。
でも今、親になって振り返ると、あの言葉は、私が思っていたものとは少し違ったのかもしれないと思うようになりました。
父は、自分の母校が大好きだった
父は、中高一貫の男子校に通っていました。この地域では有名な進学校で、東大進学率も全国トップクラス。父はその学校に誇りを持っていたんだと思います。きっと青春そのものだったのかもしれません。
だから、自分の子どもにも「同じ学校に通ってほしい」という気持ちがあったんじゃないかなと思います。
でも、うちは三姉妹。男子校なので、最初から誰も通えません。父は少し寂しかったのかもしれません。
私には「否定された言葉」に聞こえた
私は一応、それなりの進学校には合格しました。でも、父の母校と比べれば偏差値は下がります。だから当時は、「お前はそこまでじゃない」と言われた気がしていました。
子どもって、親の何気ない言葉を、思った以上に深く受け取ることがありますよね。特に、進学や成績の話は、「自分の価値」を言われているように感じやすい。
父はそんなつもりじゃなかったのかもしれないけれど、あの頃の私は、少し傷ついていました。
気づけば、私も同じことを思っていた
でも最近、「あれ?」と思ったことがあります。私は結婚して、夫の実家の近くに住んでいます。子どもたちは、中学は夫の母校に通いました。そして私は、「高校は自分の母校に行ってくれたらうれしいな」と、どこかで思っていたんです。
別に強制したわけではありません。ただ、同じ制服を着て、同じ通学路を歩いて、「ここがお母さんの学校だったんだよ」って話したかった。そんな気持ちがあったんだと思います。
でも、誰も行きませんでした。うちの子たちは、あまり勉強が好きではなくて、私の母校に入るのは正直難しかったです。
だけど私は、「できないからダメ」とは思いませんでした。それぞれに合う場所があると思っていました。そこでふと、父も同じだったのかもしれない、と思ったんです。
「同じ道を歩いてほしい」は、期待というより願いなのかもしれない
親って、子どもに自分と同じ景色を見てほしくなることがあるのかもしれません。自分が通った学校。歩いた道。好きだった場所。そこに、自分の思い出がたくさんあるから。
だから、「同じ学校に行ってほしい」という気持ちは、優劣というより、ただの願いだったのかなと思うようになりました。
もちろん、言葉って難しいです。受け取る側の年齢や気持ちで、全然違う意味になります。だから私は、子どもたちにはなるべく「あなたがダメ」と聞こえる言い方はしたくないなと思っています。
…とはいえ、親も完璧じゃないので、きっと私もどこかで、子どもを傷つける言葉を言ってきたんだろうなとも思います。
親になったからこそ、昔の親の気持ちが少しわかる。でも、子どもの頃に感じた痛みも消えない。その両方を抱えながら、親子って続いていくのかもしれません。

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