息子4人、全員反抗期なし。理由を聞いたら「反抗する必要がなかった」と言われた話

子育てで思ったこと

4人の息子を育てて気づいたら、全員反抗期がありませんでした。
正直、それでよかったのか今でもよくわかりません。育児書には「反抗期がないのは危険」と書いてあって、不安になったこともありました。
でも最近知ったのですが、男の子の4割以上は反抗期がなかったという調査もあるそうで。意外と珍しくないのかもしれないな、と少し安心したりもして。
それでも振り返ると、あのころなりに精一杯だったなぁ、と。その「精一杯」が、気づかないうちに子どもたちにとってちょうどいい距離感になっていたのかもしれないな、と今は思っています。

反抗期がなかった理由を子どもに聞いてみたら

ある日、息子たちに聞いてみたことがあります。「なんで反抗期なかったの?」と。
返ってきた言葉は、「反抗する必要がなかった」「反抗する方がめんどくさい」でした。
最初は笑ってしまいましたが、よく考えるとこれって、意外と大事なことを言っているのかもしれないな、と。
親に反発したくなるのって、「わかってもらえない」「決めつけられる」と感じるからじゃないかな、と思っていて。うちの子たちには、そういう感覚が少なかったのかもしれません。

「この子は私とは別の人間」という感覚

私はお腹の中にいるときから、なんとなく「この子と私は別の人格だ」と感じて接してきました。
親と子、というより、人と人、個と個として関わるような感覚、とでも言うのでしょうか。
だから「こうあるべき」という押しつけが、自然と少なくなっていたのかもしれません。意識してそうしていたというより、そういう感覚が最初からあったのだと思います。

反抗期がなかったのは4人育児のおかげかも

4人の育児となると、一人ひとりに使える時間はどうしても4分の1ずつ。
足りないと感じることも多かったです。でも今思えば、その「足りなさ」が、過干渉にならないちょうどいい距離感を自然につくってくれていたのかもしれないなぁ、と。
その代わり、大切にしていたのが習い事の送迎の時間でした。
二人きりで車に乗っている時間。面と向かって話すわけでもなく、無理に聞き出すわけでもない。私の背中に向かって、ぽつりと本音がこぼれたり、ぼそっと悩みをつぶやいたり。
何気ないその時間が、心と心のつながりを感じられる、大切なひとときだったように思います。

自由にさせながらも、信頼は手放さない

小さい頃から、できるだけ自分で決めさせるようにしていました。
自分で決めたことには責任を持つ。うまくできなくても、一度は突き放す。でも最後は認めて受け入れる。そんなスタンスだったかな、と思います。
基本は放任で、好きなようにさせていました。でもアンテナだけは常に張っていて、怪しいと感じたときには、針でチクッと刺す程度に釘を刺す感じで。
こちらが信頼しているから、子どもたちも裏切りにくかったのかもしれない、となんとなく思っています。
子どもたちに伝えてきたことは、シンプルに3つです。
・自分で考えて決めること
・親の考える正解がすべてではないこと
・法を守ること、人や自分を傷つけないこと

夫がいてくれたから、私は自由でいられた

私がこんなふうに、ある意味「適当な」子育てができたのは、夫がいてくれたからだと思っています。
夫は真面目で厳しく、そして子どもに甘い人。家庭の土台を、しっかり支えてくれていたのだと思います。
夫婦の意見が違うこともありました。でもそれも含めて子どもに伝え、「いろんな考え方がある」「親がすべて正しいわけじゃない」ということを、自然に伝えられていたのかもしれません。

親も子も、自然体でいられる距離感

反抗期がなかったのは、子どもが聞き分けよかったからでも、私がうまく育てたからでもないと思っています。
ただ、信じて、見守って、少しだけ関わる。
その時その時で、できることをやってきただけなのかもしれません。その積み重ねが、親も子も自然体でいられる距離感と安心感をつくり、「反抗する必要のない環境」になっていたのかなぁ、と今は感じています。
あなたのお家はどうですか?反抗期、ありましたか?それともなかった?どちらも、その家族なりの距離感があるのかもしれませんね。

参考:明治安田生活福祉研究所「親子の関係についての意識と実態」

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