あと10日。
三男の部屋が、少しずつ片付いていく。
準備もだいぶ落ち着いてきた。段ボールを集めて、詰めて、手続きをして。
やることが多い間は、不思議なくらい何も感じなかった。たぶん、目の前のことをこなすので精一杯だったんだと思う。
でも、少し手が止まると急に静かになる。
「あ、もうすぐなんだな」
そんな感じになるんです。
「これ食べたい」のリクエスト
引っ越しが決まってから、三男に聞いた。
「家にいる間に、食べたいものある?」
チキン南蛮とホワイトシチューは、最初からわかっていた。小さい頃からずっと好きで、何回も作ってきた定番。
でも、そのあとに出てきたのが意外だった。
メンチカツ。豚の角煮。唐揚げ。天ぷら。
油ものばっかり。
思わず笑ってしまった。
そんなイメージ、全然なかったから。
どちらかというと、あっさりしたものが好きだと思っていたから。
「そんなの好きだったんだ」
なんか少し意外だった。
ひとつずつ作っていくうちに、気づけばほとんど作り終えていた。
いつでも作れるはずなのに、なんだか「終わっていくもの」みたいに感じる。
これが最後のチキン南蛮ってわけじゃない。帰ってくれば、また作ればいいだけなのに。
でも、ひとつ作るたびに、あと何回なんだろう、みたいな気持ちになる。
「いらない」の基準が違った
荷物を整理していて、ちょっと驚いたことがあった。
私から見ると、もう使っていないように見えるものを、三男は「それはとっておいて」と言う。
逆に、絶対持っていくだろうと思っていたものを、「それは捨てちゃっていいよ」とあっさり段ボールの外に出す。
何を大事に思うかって、本当に人それぞれなんだなと思った。
長く一緒に暮らしていても、知らないことってまだまだある。
段ボールに詰められていく物を見ながら、少し面白くて、少ししんみりした。
この子のこと、私はどれくらい知っているんだろう。
親って案外、子どものことをわかってるわけじゃないのかもしれない。
「いつでも帰ってくるから」
引っ越しが近づいても、三男はあまり変わらなかった。
いつも通り。
そわそわしている感じもないし、しんみりしている様子もない。
ある日、こんなことを言っていた。
「バイトでお金貯めて、いつでも帰ってくるから。」
何気ない感じの言い方だった。
でも、その言葉がなんだか妙に残った。
「行ってきます」でもなく、「お世話になりました」でもなく、
「いつでも帰ってくるから」。
なんだか、すごく三男らしかった。
ちゃんと、帰ってくる場所だと思ってくれてるんだなと思ったら、少し安心した。
部屋の空気まで変わっていく
机の上にあった細かいもの。何気なく置かれていたもの。
それが段ボールに入っていくたびに、部屋の空気が変わっていく気がする。
ついこの前まで、ここで普通に過ごしていたのに。
その「普通」が、少しずつ片付いていく。
殺風景になった部屋を見ながら思った。
雑然としていて、少し散らかっていて、生活の匂いがしていたあの感じ。
あれは、三男がいたからこその空気だったんだな、と。
そんなことを、いなくなる直前になって気づく。
あと10日
寂しい、とはっきり言えるほどではない。
でも、何かが少しずつ変わっていく感じはある。
料理は、もうほとんど作り終えた。荷物もだいぶまとまった。
あとは、いつも通り過ごすだけ。
ご飯を作って、一緒に食べて、他愛のない話をする。
たぶん今は、それでいい。
「いつでも帰ってくるから」
とりあえず今は、その言葉をそっと胸に置いておく。


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