子どもが初めて「お母さん」と呼んでくれた瞬間は、一生忘れられない宝物。
そんな話を耳にするたびに、少しだけ胸がチクリとします。
実は私は、その瞬間をほとんど覚えていません。
悔しいような、情けないような、少し残念な気持ちもあります。でも同時に、「仕方ないよね」と思う自分もいます。
覚えていられなかった理由
子どもたちが話し始めた時期もはっきり覚えていませんが、だいたい1歳前後だったように思います。
長男の時は初めての子育てで一生懸命で、次男・三男・四男の時は上の子の世話で必死でした。
寝不足のまま一日が始まり、気づけば一日が終わる。夫は自分で準備をして仕事へ行き、私は子どもたちが起きるタイミングで一緒に起きる生活でした。
上の子が幼稚園に通うようになってからは、「間に合わせなきゃ」と思いながら朝を迎える日々。でも基本は、何かきっちり決まった流れがあるわけではなく、子ども中心に時間が流れていました。
それでも、毎日はちゃんと動いていた
遊んで、泣いて、ごはんを食べて、また遊んで。その合間に、できることを少しずつこなすような毎日。
4人いれば、それぞれできることも違って、求めることも違います。同じように満たしてあげることの難しさを、日々感じていました。
でも、大変なことばかりではありませんでした。
子ども同士で遊んでくれたり、お兄ちゃんが寝かしつけをしてくれたり。人数が増えたからこそ、少し楽になることもありました。
きっと、呼ばれていた
断片的ではありますが、こんなことは覚えています。
長男は「お父さん」より「お母さん」の方が先にしゃべりました。それだけそばにいたんだな、と思います。
次男は「お母さん」より「お兄ちゃん」の方が先でした。それだけ長男が次男のそばにいたんだと思います。今でも兄弟仲はとてもよくて、長男は弟たちをよく可愛がっています。
三男・四男はもう、正直覚えていません。
そうやって過ごしているうちに、きっとどこかで「お母さん」と呼ばれていたのだと思います。
ただ、その瞬間を切り取った記憶が、私の中には残っていません。
記憶がないくらい必死だった。でも、不思議と「充実していた」という感覚は、しっかり残っています。
後悔や罪悪感は感じませんでした。あのときの自分は、あのときなりに一生懸命やっていたと思うからです。
それでも、やっぱり少し思います。「覚えていたかったな」と。
まわりのお母さんたちが、嬉しそうにその瞬間を話しているのを聞くと、いいな、羨ましいな、と感じることもあります。
覚えていないのは、頑張ってきたしるし
でも、今の私はこうも思っています。
覚えていないのは、それだけ必死だったということ。頑張ってきたしるしなのかもしれない、と。
もし今、同じように「ちゃんと覚えていない」と感じている方がいたら、そんな自分を責めなくても大丈夫だと思います。
具体的な記憶がなくても、なんとなくでも「大変だったな」「でも頑張ったな」と思えるなら、それはちゃんと積み重ねて作ってきた時間なんだと思うから。
あのころの自分へ
当時の自分に声をかけるとしたら、「頑張ってるね。それでいいよ」と伝えたいです。
子育ての中で、私が大切にしてきたのは、見守ること、認めること、受け入れること。
それが正しかったかどうかはわかりません。でも、私なりに向き合ってきた時間だったと思っています。
覚えていない瞬間も、そこにあったものだから。


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