ママ友って、みんな本音ではどう思っているんだろう。
出会うきっかけは子ども。ただ「親」という立場が同じというだけで始まる関係。子ども抜きでも仲良くなれる人もいる。でも多くは、どこか気を使いながら付き合う存在でもある。
4人育てると、ママ友も自然と4人分になる。懇親会は情報交換の場として助かるけれど、帰り道はなぜかぐったりしていた。
「我が子だけが正しい」という壁
しんどいな、と感じたのは、どんな場面でも我が子を守ることだけを優先するタイプの方との関わりだった。
子ども同士のトラブルがあると、事実がどうであれ「うちの子は悪くない」。自分の子が活躍できるよう、他の子を排除するような話を周りのお母さんに伝えたり、有ること無いことを言い回ったりすることもあった。
ちょっと不思議だったのは、みんなの前では自分の子を謙遜することもある点。でも根っこにある「我が子が一番、他は全部悪い」という気持ちは、どんな場面でもぶれていなかった。
私がしたのは、話を聞くことだった
私はまず、事実を知りたいと思った。
きっと誰か一人だけが悪い、ということはないはず。そう思って、自分の子にも、その場にいた他の子にも、周りの保護者の方にも、できる範囲で話を聞いた。
話を聞いていくと、だいたいの事実は見えてくる。そして子どもたちは——大人が心配するより、ずっと早く立ち直っている。トラブルの翌日には、何もなかったように一緒に走り回っていたりする。
子ども同士のぶつかり合いって、成長の元だと思っている。誰かを悪者にして終わらせてしまうのは、その大切な機会を奪うことになる気がして。親の気持ちで、子ども同士の関係を壊したくなかった。
気持ちの中に、そっと線を引く
子どものこともあるので、そのお母さんと完全に距離を取ることはできなかった。表面上は変わらず接しながら、心の中でだけ、静かに線を引いた。
気の合う人とは、情報も気持ちも共有した。合わない人とは、深入りしない。それだけのことを決めると、少し楽になった。
ともに育つ子は、みんなかわいい
私は、子どもは仲間の中で育ち合うものだと思っている。
だから、よその子の成長も素直に嬉しいし、苦しんでいれば胸が痛む。でも、この感覚を分かち合える人は、正直多くなかった。
それでもいいか、と今は思っている。
価値観が全部合う必要はない。ただ、自分の軸だけはぶれないようにしていたい。子どもに対しても、自分自身に対しても——求められれば支えるけれど、決めるのも動くのも本人、でいたい。
それが正解だったのかは、まだわからない。いつか孫ができたら、子どもに聞いてみようと思っている。


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