「4人の宿題、4人それぞれ」長男の宿題は、いつもお尻に火がついてから

子育てのあとで思うこと

4人の子どもを育ててきたけれど、勉強の仕方は4人ともずいぶん違った。

今回は長男の話。

長男は、勉強が嫌いだったわけではないと思う。

テストの点数もそれなりに良かったし、成績もまあまあ。

ただ、学校の勉強にそれほど興味があったわけではなかった。

特に、毎日宿題をするような「コツコツ」が苦手だった。

やらされることが嫌だったのかもしれない。

そんな長男の勉強について、今でも思い出す出来事がいくつかある。

月曜日までに九九を全部覚えなきゃいけない

小学2年生の頃だった。

ある金曜日、学校から帰ってきた長男が、

「お母さん、どうしよう。月曜日までに九九を全部覚えないといけないんだって」

と言った。

どうやら算数の授業で、これから掛け算の勉強が始まるという話を聞いたらしい。

先生が「九九を見ておきましょう」というようなことを言ったのだと思う。

でも長男は、

「月曜日までに全部覚えなきゃいけない」

と受け取った。

私は、

「そんなわけないでしょ。まだ習ってないのに、月曜日までに全部覚えるなんて。ほんとにそんな宿題なの?」

と言った。

でも長男は、

「だって先生がそう言ったもん」

と言う。

たぶん違うだろうなと思った。

でも、本人はもう「やらなきゃ」と思っている。

それなら、せっかくだからやってみるか、と私も付き合うことにした。

ただ、この時点では長男は掛け算そのものをまだよくわかっていない。

まず教科書を見ながら、掛け算ってこういうことなのね、となんとなく理解するところから始めた。

そして、九九をひたすら唱える。

普通なら、学校で少しずつ習って、何日もかけて覚えていくものだと思う。

それを土曜日と日曜日の2日間でやる。

途中で何度も、

「もー、絶対無理」

と言っていた。

でも、いつもの宿題とは違って、途中でやめなかった。

覚えにくい九九は紙に書いて、家のあちこちに貼った。

階段にも貼った。

たしか7の段だったと思う。

本人が好きな段からやってみたり、何度も繰り返したり。

気がつけば、家の中のあちこちから長男の九九が聞こえてくる。

まだ幼かった次男や三男まで、簡単なところはいつの間にか覚えていた。

そして日曜日の夜。

長男は、1から9まで全部の九九を覚えていた。

2日間、九九漬けだった。

月曜日。

学校から帰ってきた長男が言った。

「おかーさん、九九まだ覚えなくってよかったんだって!」

やっぱりね。

「だから言ったじゃん。そうだと思った」

と私は言った。

あれだけ大騒ぎして覚えたのに、本人はいたって普通。

そして、

「どうせ覚えるんだからいいじゃん。これからみんな覚えるの大変だけど、僕はもう覚えたから楽じゃん」

と言って、ランドセルを放り投げて遊びに行った。

……まあ、そうだけど。

今思えば、この頃から長男はこういう子だったのかもしれない。

宿題は、ためてからやる

小学3年生になると、今度は宿題で大変なことになった。

私が子どもの頃は、親に宿題を見てもらうなんてことはなかった。

でも、子どもたちの時代は違った。

親が宿題を見て、声をかけて、確認して、丸つけをして、提出する。

4人の子どもを育てながら、それを毎日やるというのは、私にはなかなかのハードルだった。

長男には、

「宿題やった?」

と聞く。

「少しやった。後でやるー」

「ちゃんとやるんだよ」

「はーい」

だいたい、そんな感じ。

私は確認まではしなかった。

一応「お母さんは言ったからね。あとは自分で考えてよ」という気持ちだった。

ところが、個人懇談で先生から宿題のチェック表を見せられた。

「○○さんは、これだけしか宿題が終わっていないので、残りこれだけやらないといけません」

ずらっと並んだ未完了の宿題。

私はそこで初めて、思っていた以上にやっていないことを知った。

「ちょっとー。全然宿題やってないじゃん。大丈夫なの?」

家に帰って言うと、

「ちゃんとやるから大丈夫」

「ちゃんとやってよね」

そんなやり取りをした。

でも、毎日の生活に追われていると、その会話もいつの間にか流れていく。

そして9月の終わり頃。

前半の漢字ドリルと計算ドリルが、まだ終わっていないことが発覚した。

それぞれ50~60くらいの項目があって、それを3回ずつやる。

しかも、先生の確認シールが貼られるようになっている。

本来なら、たくさん並んでいるはずのシール。

なのに貼ってあるのは、漢字も計算もそれぞれ10個くらい。

合計しても、ほんの少し。

「おおおっ……」

ちょっとめまいがしそうだった。

締め切りまで、あと3日。

私が焦っている横で、長男は、

「大丈夫。やればいいんだから」

と、なぜか落ち着いている。

「は?」

と思った。

でも、やるしかない。

長男は机に向かって、ひたすらドリルをやり始めた。

内容自体は、それほど難しくなかった。

わからないから進まないわけではない。

ただ、とにかく量が多い。

1つの項目に10問、20問とある。

それを何十個もやる。

1日目。

学校から帰ってきてからずっとやっているのに、思ったほど進まない。

だんだん本人の顔も険しくなってくる。

それでもやる。

間違えた計算はやり直す。

私はひたすら答え合わせをする。

2日目。

残っている数を見れば見るほど、終わる気がしない。

もう無理なんじゃないかと思う。

本人も、かなり諦めそうになっていた。

それでも、私は「ここでやめさせるわけにはいかない」と思っていた。

自分でためた宿題だから、一度最後までやってみればいい。

そう思っていたのだと思う。

ただ、終わりが見えない。

そこで私は、まだ終わっていない項目を付箋に書いた。

「漢ド23①」

「計ド40③」

そんなふうに、一つずつ。

終わったら剥がす。

机の周りにどんどん付箋が増えていった。

机だけでは足りなくなって、壁にまで貼った。

それを一つずつ剥がしていく。

終わりが見えるようになると、少しだけ進めるようになった。

本人が「諦めることを諦めた」のかもしれない。

ほとんど寝ずにやった。

たしか夜中の3時くらいまでやって、朝も学校に行く前にやった。

3日目になっても、まだ終わる気がしなかった。

途中で少し寝て、またやる。

最後の方は、間違いをやり直すところまで手が回らなくなって、それでもとにかく終わらせた。

そして、なんとか全部終わった。

勉強として考えたら、どれくらい意味があったのだろう。

漢字を何度も書いたからといって、身についたわけでもない。

計算も、ただ大量にこなしただけだった。

もしかしたら、あれは私の自己満足だったのかもしれない。

それでも、あの3日間を思い出すと、ちょっと笑ってしまう。

大変だったはずなのに、なぜか学生の頃のイベントみたいで、私は少し楽しかったのだ。

長男は、たぶん全然楽しくなかったと思うけれど。

そして、その後。

長男の宿題のやり方が変わったかというと……

何も変わらなかった。

相変わらず宿題はためていた。

ただ、ほどほどにはやっていた。

「なんで勉強習慣をつけてくれなかったの?」

長男が大学生になり、卒業論文を書く頃。

またしても、お尻に火がついていた。

なかなか進まない。

だんだん追い詰められて、

「あー、僕何にもできん。なんもない。もう何もかも嫌だわ」

そんなことを言い始めた。

そして、

「勉強も努力も好きじゃないし、どうすればいいんだよ」

と。

そこまでは、まあ、わかる。

でも、そのあとに、

「なんで子どもの時に勉強習慣ちゃんとつけてくれなかったの?」

と言われた。

えー、私のせいなの?

と思った。

私だって、何もしなかったわけじゃない。

本や雑誌を読んで、勉強のさせ方を調べたこともある。

リビング学習を試したこともある。

帰ってきたら勉強する、というルーティン化も試してみた。

通信教育をやったこともある。

……ほとんど新品のテキストが積まれただけだったけれど。

いろいろ私なりにやってみた。

でも、続かなかった。

「勉強しなさい」とも、あまり言わなかった。

言ってもやらないのはわかっていたし、興味のないことを無理やりやらせても、たぶん続かない。

高校受験のときは、

「ここ、わからない。教えて」

と言われて、一緒に勉強した。

このときも、志望校を直前で変えたので、結局は短期集中だった。

長男の勉強は、いつもそんな感じだった。

そして卒論でも、やっぱり最後になって大変なことになった。

結局、必要な資料を集めるために東京まで行った。

地元ではなかなか手に入らない資料が必要だったから、国立国会図書館に行くことにしたのだ。

最初は3日くらいの予定だったと思う。

でも、結局一週間。

友達の家に泊めてもらったり、インターネットカフェやカプセルホテルを使ったりしながら、観光もせず、ひたすら資料を集めた。

腹を括ったのだと思う。

帰ってきてからは、それをもとに一気に仕上げた。

そして、なんとか卒論を書き終えた。

ゼミの先生からは、

「よく頑張ったね。君が一番心配だったけど、よく書けてるよ」

と言われたそうだ。

やっぱり、できるじゃん。

結局、性格なんだろうな

長男に「勉強習慣をつけてくれなかった」と言われたとき、

「いろいろ私なりにやってみて努力はしてみたけど、やらなかったのはあなたじゃん。そんなこと言われても知らんし」

と返した。

たぶん、卒論で追い詰められて、ただ誰かに言いたかっただけなのだと思う。

だから、私はそれ以上はあまり気にしなかった。

でも、今になって考えると、

「あのとき、もっと何かできたのかな」

とか、

「本当はこうした方がよかったのかな」

と思うことはある。

もう少し頑張ればよかったのかもしれない。

もっと毎日見てあげればよかったのかもしれない。

それは、今となってはわからない。

ただ、長男を見ていると、やっぱり性格なんだろうなと思う。

「できない」

「やりたくない」

「もう無理」

と言いながら、結局ある程度のところまでは必ず持っていく。

短期的には、結構努力できるのだと思う。

九九だって、2日で全部覚えた。

山のような宿題だって、3日で終わらせた。

卒論だって、最後には東京まで行って必要なものを集めて、ちゃんと仕上げた。

でも本人は、それを「努力した」とはあまり思っていないらしい。

たぶん本人にとっては、

「やらなきゃいけなくなったから、やった」

だけなのだろう。

そして今も、たぶん変わっていない。

お尻に火がつかないと、なかなか動かない。

でも、火がついたら、意外とすごい。

それが長男なんだろうな、と今は思っている。

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