孤独に、流されている。

母である私のこと

日常は、いつもどおり流れている。

人と話すこともある。

笑うこともある。

やることもある。

外から見れば、たぶん普通に見える。

それでも、孤独になることがある。

そんなときの私は、日常を淡々とこなしている。

考える時間を減らすために、あえて考えない。

思考を止める。

それでも、不安は止まらない。

ふと出てきた不安に、また蓋をする。

そうやって、一日をやり過ごす。

孤独は、ときどき大きくなって、どうしようもなく自分の中に入り込んでくる。

特別なことではなく日常のこと。

怖いのは、先が見えないこと。

これからどうなるのかわからない。

どうしたらいいのかもわからない。

自分ではどうにもできない。

だから、先のことを考えない。

今やることだけをやる。

それで一日が終わる。

そんな毎日の中で、ときどき小さな変化がある。

誰かと話したり、

何かを見たり、

思いがけないことが起きたり。

ほんの一瞬、光がさす。

その瞬間に、少し正気に戻る。

孤独がなくなるわけでもない。

何かが解決するわけでもない。

永遠のような時が、少し途切れる。

その途切れた時間は、前を向ける。

ほんの少しだけ、先のことを考えられる。

またすぐに、思考を止めるかもしれない。

それでも、そういう時間がある。

その時間だけは、少し先のことを考えられる。

今の私は、孤独と日常を行ったり来たりしている。

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