子育て中、私は孤独だったのだろうか。
最近、そんなことを考えるようになった。
当時の私は、自分を孤独だと思ったことはなかった。
4人の子どもたちとの毎日は忙しかったけれど、楽しかった。
子どもたちが小さい時期は「今しかない」と思っていたし、あとから振り返って、もっと一緒にいればよかったと思いたくなかった。
だから、子どもたちとの時間を大切にした。
それは我慢していたわけでも、誰かにそうさせられていたわけでもない。
私が自分で選んでいた。
家族と過ごすことは幸せだったし、「この生活がいい」と思っていた。
友達と会うこともあったし、外へ出ることもあった。
でも、生活の中心は家族だった。
外の世界から離れている感覚はあった。
それでも、特に気にしてはいなかった。
子どもたちとの生活そのもので十分だったから。
それでも、ときどき「ズーン」となることがあった。
先輩ママが、得意な料理を活かして小料理屋さんを始めたと聞いたとき。
古くからの友人が、子どもを持たない選択をして、旦那さんと何度も旅行を楽しんでいると聞いたとき。
「ああ、いいなぁ。そんな世界線もあるんだな」
そう思った。
羨ましいというのとは、少し違う。
いいなぁと思うけれど、だからといって自分の生活を変えたいわけでもなかった。
「まっ、でも私は私」
そんな感じだった。
もうひとつ、少し違う気持ちになったことがある。
私は独身の頃、教師になりたいと思っていた。
子育てをしていた頃、補助教員の募集を見かけたことがあった。
少しだけ、夢が叶うかもしれないと思った。
でも、募集はフルタイムだった。
4人の子育てをしながら働くのは難しく、諦めた。
働きたかったわけではない。
もともと専業主婦になりたいと思っていたし、今の生活に不満があったわけでもない。
ただ、できたらよかったな。
そんな未練が少し残った。
そして、ふとしたときに思う。
「私は何もできないな」
何かをやりたいと思っていたわけではない。
4人の子育てをしながら、仕事や何かをすることが私には難しいのはわかっていた。
やろうと思えば、ある程度はできる。
でも、無理はしたくなかった。
無理をすれば、そのしわ寄せは子どもたちにいってしまうから。
だから、できないことは諦めた。
残念ではあるけれど、大した問題ではなかった。
できることだけで十分だった。
それでも、たまに外の世界に触れる機会があった。
子どもを託児に預けて資格の講習に行ったり、子どもたちにお留守番やお手伝いをしてもらって、ボランティアに行ったり。
自分の時間を作ろうとして作ったというより、その時々で必要になるタイミングがやってくる。
そんな時間は、単純に楽しかった。
知らないことを学ぶのも、誰かの役に立つのも嬉しかった。
もちろん、子育ての中で、子どもたちに成長させてもらうことはたくさんあった。
でも、自分から求めて学び、身につけていくことは、それとは全く別の成長だった。
そのときは「成長している」なんて考えていなかった。
ただ、楽しかった。
そして、そんな時間を持てたのは、子どもたちが協力してくれたからでもある。
託児に行ってくれたり、お留守番をしてくれたり、お手伝いをしてくれたり。
そんな時間をくれた子どもたちには、感謝している。
子どもたちが大きくなっていくと、行動できることも少しずつ増えていった。
でも、「今まで置いてきたものを取り戻そう」としたわけではない。
ある日、目の前にふと現れる。
「ああ、もういいんだね。
今は、もうそういうタイミングなんだね」
そんな感じだった。
資格の勉強をして、いくつか資格を取った。
ハンドメイドを販売するようになった。
夫と映画を観に行った。
おしゃれを楽しむようになった。
月に一度、友達と飲みに行くようにもなった。
そして、親との時間も増えた。
子どもが小さい頃も、親とは話していた。
でも、耳と口は親に向いていても、目は子どもから離せなかった。
子どもたちが大きくなってからは、親の顔を見ながら話せるようになった。
一緒に旅行したり、買い物に行ったり、病院について行ったり。
気づけば、そんな時間もできていた。
振り返ってみると、私はいろんなものを少しずつ拾ってきたのだと思う。
でも、それを探していたわけではない。
そのときが来たから、自然に手に取った。
今振り返っても、「もっとこうすればよかった」とは思わない。
あの頃は、あれで十分だった。
子どもたちとの時間を大切にしたことも、自分ができる範囲で外の世界に触れたことも。
全部ひっくるめて、よかったと思っている。
子育て中の私は孤独だったのかと聞かれたら、今なら少しだけ「そうだったのかもしれない」と思う。
寂しかったわけではない。
ひとりだったわけでもない。
ただ、家族以外のすべてとのつながりが、少しずつ薄くなっていた。
そのことが、私の中に閉塞感のようなものを作っていたのかもしれない。
幸せだった。
自分で選んだ生活だった。
そして、今思えば、ちょっと孤独だった。
その二つは、どちらも本当だったのだと思う。


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