子どもが生まれた頃。私は記録を残したい母親でした。本当にすぐ忘れてしまう性格なので、せっかくの成長や何気ない出来事を忘れたくなかったのです。
病院でもらった育児日記には、授乳や体重、初めてできたことなどを細かく記録していました。特に長男の頃は初めての子育て。毎日が新しい発見の連続で、せっせと書いていたように思います。
その後も次男、三男と続き、病院でもらった育児日記は三男までは比較的しっかり残っています。
そしてある時、私は思いました。「もっと長く記録を残したい」
4冊の5年日記、完璧なはずだった
そこで買ったのが5年日記でした。1ページに同じ日の5年分を書くタイプの日記です。例えば5月31日のページには、1年目、2年目、3年目…と同じ日の出来事を書いていきます。
子どもは4人。もちろん4冊買いました。
これで完璧。毎日の成長を残せる。将来読み返したら絶対に楽しい。そんな気持ちだったと思います。
書こうとすると、読んでしまう
ところが、現実は思ったようにはいきませんでした。
夜、子どもたちを寝かしつけて、家事を終えて、やっと日記を書く時間。そう思って日記を開くのですが、まず去年のページが目に入ります。
「ああ、この頃こんなことがあったな」
読み始める。すると一昨年の記録も目に入る。「そうそう、この頃はこれで悩んでた」また読み返す。
今日のことを書こうと思って開いたのに、気づけば昔の日記を読んで終わっていることもありました。
そして何より大変だったのは量です。子どもが4人。日記帳も4冊。今日あったことを4人分書く。一人なら数分で終わることも、4人分になるとなかなかの時間です。
書きたい気持ちはあるのに、眠気には勝てません。気づけばそのまま寝てしまう。「明日まとめて書こう」そう思う。でも翌日には昨日の出来事を忘れている。本当に不思議なくらい忘れてしまうのです。
旅行の時も困りました。せっかくの思い出だから残したい。でも日記帳を何冊も持っていくのは大変です。そこで小さなメモ帳に出来事を書いていました。帰ったら日記に写そうと思って。
ところが帰宅すると洗濯や片付けが待っています。そのうち時間が過ぎていき、メモ帳はメモ帳のまま。結局、日記帳に書き写されないこともたくさんありました。
それでも捨てられない
そんなこんなで、4冊の日記帳はどれも最後まで埋まりませんでした。下の子になるほど記録は減っていきます。幼稚園に通い始めると一緒にいる時間も少なくなり、書くネタも減りました。
そして四男の日記帳は、ほとんど白紙です。
それを見るたびに少し申し訳ない気持ちになります。でも不思議と捨てることはできません。
ちゃんと書けていないのに。ほとんど空白なのに。それでも私にとっては大切なものです。
その白紙のページを見ると、あの頃の忙しさを思い出します。書きたくなかったわけではありません。残したくなかったわけでもありません。むしろ残したかった。忘れたくなかった。でも、それができないくらい毎日が精一杯だったのです。
書けなかったことも、子育ての記録
今となっては記憶もあいまいです。初めて言った言葉も、初めてできたことも、思い出せないものがたくさんあります。
それでも子どもたちは大きくなりました。
いつか時間ができたら、4冊の日記帳をゆっくり読み返したいと思っています。そして子どもたちにも見せたいです。
その時、四男にはきっと言われるのでしょう。「僕だけ少なすぎる!」
たぶん怒られます。でも、その時は正直に答えようと思います。
「ごめんね。あの頃のお母さん、本当に毎日必死だったんだよ」と。
書けなかったことも含めて、あれが私の子育てだったのだと思います。

コメント