子どもの前で夫婦喧嘩もハグも。わが家は夫婦も親も「演じない」でした

母である私のこと

子どもの前で夫婦がハグをしたり、キスをしたり。

そんな話をすると、「子どもの前では控えた方がいいんじゃない?」と思う人もいるかもしれません。

実は、わが家では「行ってきます」のハグやキスは日常でした。

テレビを見ながら隣でくつろいだり、台所ですれ違ったついでに軽くキスをしたり。

子どもたちの前だからやめようと思ったことはありません。

ただ、隠さなかっただけでした。

喧嘩も隠しませんでした

隠さなかったのは、仲のいい姿だけではありません。

夫婦喧嘩も、子どもたちの前で普通にしていました。

今なら「子どもの前で夫婦喧嘩はよくない」と言われることもあります。

もちろん、小さい頃は子どもたちも泣きながら止めに入ってきたことがあります。

その姿を見ると胸が痛んだこともありました。

今思えば、見せない方がいい喧嘩だってあったはずです。

でも、4人の育児に必死で、そんなことを考える余裕がなかった。それが本当のところです。

成長すると、反応は変わります。

中学生になる頃には、

「二人とも悪い。」

そう言って、夫にも私にも同じようにダメ出しをするようになりました。

親としては少し腹が立つけれど、子どもに言われると引くしかありません。

いつの間にか、夫婦喧嘩もハグと同じように、子どもたちにとっては「日常」の一つになっていたようです。

男の子を育てる自信がありませんでした

私は三姉妹で育ちました。

身近に男の子がいなかったので、男の子が何を考え、どう感じるのか、正直よくわかりませんでした。

だから、「男の子にはこう伝えればいい」と自信を持って話せることが少なかったんです。

夫はどちらかというと堅いタイプ。

性教育を積極的に話してくれる感じでもありませんでした。

そんな中で思い出したのが、昔聞いたあるお母さんの話です。

「息子が性を変に特別なものとして捉えないように、生理用品は見えるところに置いていた。」

その言葉がずっと心に残っていました。

そして、私自身も子どもの頃に違和感を覚えていたことがあります。

「男の人はいつも性のことを考えているから気をつけなさい。」

そんなふうに教えられたことです。

もちろん、自分を守ることは大切です。

でも私は、「男性は危険な存在」と教えるよりも、男女がお互いを自然に尊重できる関係を築いてほしいと思っていました。

だから、生理用品も隠しませんでした。

夫婦のスキンシップも隠しませんでした。

特別なことにしたくなかったからです。

「らしさ」は最後までわかりませんでした

私は「親らしくしよう」と思ったことがありません。

「夫婦らしくしよう」と思ったこともありません。

そもそも、「〜らしさ」って誰が決めるんだろうと思っていました。

私は私。

それだけです。

嬉しい日は笑う。

腹が立てばぶつかる。

仲直りをしたら、また普通に話す。

夫婦だから。

親だから。

そんな役割を演じるより、自分たちらしく暮らしたかった。

隠し事が苦手だったというのもあるかもしれません。

だから、家族にはありのままの私たちを見せてきました。

子どもたちにも、自分らしい家族を

息子たちが将来どんな家庭を築くのかはわかりません。

夫婦でハグをするかもしれないし、しないかもしれない。

私たちとは全然違う夫婦になるかもしれません。

それでいいんです。

私たちが私たちらしく暮らしてきたように、息子たちも自分たちらしい関係を築いてくれたら、それが一番嬉しい。

子育てを振り返ると、「あれが正しかった」と言えることは、実はそんなに多くありません。

私は「親らしさ」を目指したのではなく、私として子どもたちと向き合ってきました。

その毎日が、子どもたちにとっての「当たり前」になっていたなら、それで十分だったのかなと思っています。

コメント

タイトルとURLをコピーしました