過干渉になりかけた私が「待てる親」になれたのは、4人いたから

子育てのあとで思うこと

「4人も子どもがいたら大変だったでしょう?」

子育て中、何度もそう聞かれました。

もちろん大変でした。

でも今振り返ると、4人だったからこそ救われたことがあります。

それは、私が過干渉にならずに済んだことです。

私は昔から、小さな変化によく気づくタイプでした。

知り合いに会って「なんだか雰囲気が変わったな」と思っていたら結婚が決まっていたり、家族の「ただいま」の一言で「何かあったな」と感じたり。

理由は説明できないけれど、違和感を覚えると、たいてい何かある。

そんなことがよくありました。

だから子育てでも、子どものちょっとした変化に気づいてしまうことが多かったのです。

小学生になり、少しずつ親から離れて、友達や学校での世界を持ち始めた頃。

私は、子どもの知らない世界が気になって仕方ありませんでした。

何があったの?

誰とケンカしたの?

学校で嫌なことでもあった?

そんなふうに、問い詰めたくなることもありました。

でも同時に、「子どもにも親の知らない世界は必要なんじゃないか」という気持ちもありました。

知りたい衝動と、見守りたい気持ち。

その間を、いつも行ったり来たりしていたように思います。

もし一人っ子だったら、私はきっと我慢できなかったでしょう。

気になるたびに聞いて、全部知ろうとしていたかもしれません。

でも我が家には4人いました。

「あれっ?」と思っても、誰かがお腹を空かせていたり、宿題を見てほしいと言ってきたり、兄弟げんかが始まったり。

気になったことが、後回しになることは日常茶飯事でした。

そのうち忘れてしまうことさえありました。

当時は「ちゃんと向き合えていないのかな」と思うこともありました。

でも今振り返ると、その「忘れる時間」が、私にも子どもにも必要だったのかもしれません。

兄弟がいたことで、一対一で向き合い続ける重たさもありませんでした。

兄弟同士で話をしたり、様子を見ていてくれたり、時には親に泣きつく前に兄弟だけで解決しようとしていたり。

私が全部見ていなくても、この子たちなりに支え合って育っていました。

もちろん、何も気づかなかったわけではありません。

違和感を覚えた日は、何も聞かずにその子の好きなおかずを作ったり、好きなおやつを買ってきたり。

そうすると、しばらくしてから子どもの方から、

「お母さん……あのね。」

と話しかけてくれることがよくありました。

友達とのこと。

先生とのこと。

自分が隠していたこと。

いろいろな話を、少しずつ。

ある子には「お母さんは出てこなくて大丈夫だから」と言われたこともあります。

「今は何も言わないで。聞かないで。」

そう先に釘を刺されることもありました。

だから私は、

「どうしようもなくなったら、必ず話してね。」

それだけを伝えて待つようにしていました。

子どもたちは、私が思っている以上によく分かっていたようです。

「嘘をつくのって、めんどくさい。」

そう笑いながら話してくれたこともありました。

「隠し事をするときは、本当のことと嘘を混ぜてた。バレたときに困るから。」

そんな話を聞いたときは思わず笑ってしまいました。

子どもなりに一生懸命考えて、生きる力をつけていたんだなと思います。

そして、ある日ぽつりと、

「……本当はこう思っていたの。」

と話してくれたこともありました。

自分の気持ちを言葉にするのは、親子であっても勇気がいることです。

だからこそ、待つ時間も必要だったのでしょう。

私はもともと、何でも知りたい性格でした。

すぐに答えを知りたい。

白黒はっきりさせたい。

でも4人の子育ては、そんな私に「待つこと」を教えてくれました。

知らないままでいること。

曖昧なまま終わること。

子どもを信じて待つこと。

そうしたかったというより、そうするしかなかったのです。

でも、その「そうするしかなかった」経験が、親としての私を育ててくれました。

子どもの数に正解はありません。

一人っ子にも、兄弟がいる家庭にも、それぞれの良さがあります。

でも私にとっては、4人いたからこそ、子どもとのちょうどいい距離を見つけることができました。

子どものことを全部知らなくてもいい。

全部解決しなくてもいい。

親にも知らない世界があっていいし、子どもにも親に見せない顔があっていい。

そんなことを教えてくれたのは、4人の子どもたちでした。

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