「忘れ物は届けないでください。」
長男が中学校に入学して間もない頃、教務主任の先生にそう言われました。
その日は雨が降り始めたので、傘を学校まで届けに行ったときのことです。
小学校では、忘れ物を届けることは特別なことではありませんでした。
だから私は、濡れて帰ってきたらかわいそうだし、制服や荷物も濡れてしまうだろうと思って、いつものように届けに行っただけでした。
ところが先生は、
「自分で考えて折りたたみ傘を持って来られるようにならないといけません。学校にも貸し出し用の傘はあります。忘れ物を届けるようなことはしないでください。」
と、はっきり言われました。
初めての中学校生活で、私自身も緊張していた頃です。
「なんて感じの悪い先生なんだろう。」
そのときは正直、そう思ってしまいました。
でも、その先生とはその後何年もお付き合いすることになり、実は子どもたちのことをよく見てくださる、とてもいい先生だとわかりました。
今では、その先生と顔を合わせると「あのときは本当にびっくりしました」と笑って話せる、なつかしい思い出です。
忘れ物の多い四兄弟
実は、わが家の四兄弟は、とにかく忘れ物が多い子たちでした。
水筒や宿題、体操服、プール道具…。
「今日は何を忘れたの?」と言いたくなるくらい、いろいろな物を忘れていました。
私は、帰宅したらランドセルの中を確認したり、前日に翌日の準備をさせたり、そういうことを徹底していた親ではありません。
というより、できませんでした。
私自身が、何でも後回しにしてしまうタイプ。
子どもには「準備しておいた方がいいよ」とは言っても、自分ができないことを強く言う気にはなれませんでした。
小学校の頃には、先生から遠回しに、親の責任のようなことを言われたこともありました。
もちろん、その考えもわかります。
でも、四人の子どもを育てながら、家事をして、パートにも出て…。
忘れ物や宿題まで毎日きちんと管理するのは、私には難しかったのです。
だから忘れ物を見つけると、
「あ、忘れてる。届けなきゃ。」
そんな感じでした。
深く考えていたわけではありません。
毎日の家事と同じように、その日のやることの一つになっていました。
一番気を遣ったのは部活の忘れ物
一番気を遣ったのは、部活動の忘れ物でした。
忘れたことがコーチにわかると怒られたり、試合や練習に参加できなくなったりすることもあります。
子どもも必死です。
「お願い!持ってきて!」
そんな連絡が入ると、こちらまで一緒になって慌てていました。
忘れた本人より、私の方が周りに気を遣っているような気がして、「なんだか変な話だな」と思うこともありました。
子どもも焦っているので、私にきつい言い方をすることもあります。
必要な物を届ければ「助かった、ありがとう」。
反対に、忘れ物に気づかず届けられなかった日は、「なんで持ってきてくれなかったの?」と怒られたこともありました。
「忘れたのは誰だったかな?」
そう思いながらも、必死な子どもの様子を見ると、ついこちらも一緒になってしまう。
そんな毎日でした。
届けられる日も、届けられない日も
もちろん、いつでも届けられたわけではありません。
私にも都合があります。
行けるときは届ける。
行けないときは、「忘れた方が悪いんだから仕方ないね」と割り切る。
夫は「自業自得だから、そこまでしなくていい」と言っていましたが、いざ困れば一緒に協力してくれました。
わが家は、そのくらいの温度感だったように思います。
今、振り返って思うこと
今振り返ると、先生の言葉もよくわかります。
子ども自身が困る経験をすることで、学ぶこともたくさんあります。
親が先回りしすぎることで、その機会を減らしてしまうこともあるのかもしれません。
でも一方で、四人とも同じように育てたはずなのに、大人になって自分でしっかり管理できるようになった子もいれば、相変わらず忘れ物が多い子もいます。
そう思うと、育て方だけで決まるものでもないのかな、とも感じます。
だから私は、「届けるのが正解」「届けないのが正解」とは思いません。
あの頃の私は届けたいと思えば届けたし、行けない日は「今日は無理」と伝えました。
子どもも文句を言ったり、感謝したり、その日その日で反応はさまざまでした。
そんなやり取りも、今思えば親子の時間だったように思います。
忘れ物を届けるかどうか。
答えは一つではありません。
それぞれの家庭の事情があって、それぞれの考え方があります。
だからこそ、そのときどきで、お互いの気持ちを伝え合いながら過ごせたら、それで十分なのかもしれません。


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