子育て中のことって、不思議なくらい覚えていないことがありませんか。
私は男の子を4人育てましたが、当時のことを思い出そうとしても、毎日の細かな出来事はほとんど出てきません。
そんな私に、ある日友人が声をかけてくれました。
「ちゃーこだ!ってすぐに分かったよ」
何のことだろうと思って聞くと、地域のイベントの様子がケーブルテレビで流れていたそうです。
私はそのイベントに行ったことすら忘れていました。
言われてから映像を確認してみると、後ろ姿だけでしたが確かに私でした。
背中にはおんぶ紐で四男。
前には抱っこポーチで三男。
片手で次男の手を引きながら、長男を追いかけています。
「ああ、私しかいないわ」
そう思いました。
赤ちゃんがいても、上の子の時間を大切にしたかった
私は4人育児をしていましたが、当時それを特別大変だと思ったことはありませんでした。
もちろん忙しかったと思います。
でも、「大変」というより、
「次はどこへ行こう」
「明日は何をしよう」
そんなことばかり考えていました。
子どもたちの楽しそうな顔を見るのが好きだったのです。
公園へ行き、児童館へ行き、ときには少し遠くの遊園地やテーマパークにも出かけました。
夫が忙しい時には、一人で4人を連れて行くこともありました。
今思うと、よくやっていたなと思います。
でも当時は、それが当たり前でした。
上の子を優先していた理由
育児書で、
「赤ちゃん返りがありますよ」
という言葉を読んだことがありました。
みんなが赤ちゃんばかり見ていたら、上の子はつまらないだろうな。
そんなふうに思ったのを覚えています。
赤ちゃんは、まだ寝ている時間も長い。
だったら、寝ている間は、動き回る3人と過ごす時間にしよう。
上の子と一緒に赤ちゃんのお世話をすれば、みんなと関われる。
そんなふうに考えていました。
4人を同時に見ていると、一人ひとりにかけられる時間は、自然と4分の1ずつになります。
動かない赤ちゃんには、声をかけ続けながら、少し待ってもらう時間もありました。
それも、誰かを優先していたわけではなく、みんなに平等に関わりたかったからだと思います。
今思うと、ちょっと独特な考え方だったかもしれません。
でも、当時の私はそれが自然でした。
気づけばできていた、きょうだいの関係
私の手がいっぱいの時、上の子たちは本当によく助けてくれました。
「捕まえて!」
と言えば、走って追いかけてくれる。
私が見ていないところでは、兄弟で遊びを考えていたこともたくさんあったと思います。
教えた記憶はありません。
でも気づけば、そういう関係ができていました。
記憶に残っていない昼の時間
不思議なのですが、昼間の記憶がほとんどありません。
家にいたはずなのに、何をしていたのか思い出せない。
寝ていたのか、動いていたのかも分からない。
気づくと夜になっていた。
そんな感覚です。
写真を見たり、誰かに言われたりすると思い出すことはあります。
でも、自分の中に残っている記憶は意外と少ないのです。
今なら、こう声をかけたい
当時の私は、毎日を回すことに夢中でした。
必死だったと思います。
でも、その時は必死だとも思っていませんでした。
ただ、子どもたちの楽しそうな顔が見たくて動いていました。
もし今、あの頃の自分を見ることができたなら、
「おうおう、やってるね」
と声をかけると思います。
そして、
「その時間を大切に楽しんでね」
とも。
記憶に残っていないことはたくさんあります。
それでも、あの日々は確かにそこにありました。
そして、その積み重ねが今の家族の土台になっているのだと思っています。


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