「4人の宿題、4人それぞれ」三男の宿題は、だいたいだった

子育てのあとで思うこと

三男の宿題のことを思い出そうとしても、あまり思い出せない。

長男は、宿題をためて大変なことになったことが何度もあった。

次男は、宿題をやらない理由を先生にまで説明するような子だった。

それに比べると、三男は本当に無難だった。

優等生というほどではない。

勉強も好きではない。

でも、先生にものすごく怒られることもないし、大きなトラブルを起こすこともない。

宿題も、完璧にやるわけではないけれど、まったくやらないわけでもない。

いつも、だいたい。

三男は、宿題を朝やることが多かった。

前の日にやればいいのに、やりたくないことを後回しにしているうちに朝になっている。

「宿題やりなよー」

私もそのくらいは言っていたと思う。

無理やりやらせていたわけではないけれど、多少のプレッシャーにはなっていたと思う。

宿題を忘れることが続くと、先生から注意されることもあった。

でも、三男は焦るような感じではなかった。

そもそも、忘れたというより、やらずに行っていた。

怒られるのが怖いわけでもない。

ただ、怒られるのは苦痛。

だから、そのときはそのときで、どうやってやり過ごすかを考えていたように思う。

そんな感じでも、先生からは、

「よくやってますよ」

「助かってます」

と言われることが多かった。

全部提出しているわけではない。

でも、だいたいはやっている。

そのくらいのところに、いつも収まっていた。

勉強も同じだった。

家で勉強することは、ほとんどなかった。

勉強が好きなわけでもない。

必要なことを、最低限やる。

それでも、授業の中で理解することはできていたので、それなりにはできていた。

だから、普段は私も「勉強しなさい」とはあまり言わなかった。

ただ、コロナのときは少し違った。

学校に行かず、自宅でプリント学習をするようになった。

いつもなら授業の中で理解していたものを、自分でプリントをやらなければならない。

そうすると、成績が落ちた。

このときは、さすがに「勉強しなさい」と言った。

夏休みの宿題も、三男らしかった。

勉強系の宿題は、それなりにやる。

でも、イレギュラーな宿題は全部嫌いだった。

読書感想文も、工作も、絵も。

絵を描くこと自体は好きなのに、宿題で絵を描くのは嫌だった。

自分が描きたいものを描けないからだったのかもしれない。

やりたくないものは最後まで残って、完成させずに提出することもあった。

ゲームなどは、攻略したいと思えばものすごく頑張る。

でも、自分の中で「別にできなくてもいい」と思うことは、そのままスルーする。

それは宿題だけではなかった。

三男は、兄弟や仲のいい友達と遊んでいるときはよく喋るし、はっきり話す。

でも、自分の気持ちを話そうとすると、もじもじしてしまう。

言葉が出てこなくて、涙がポロポロ出てくることも多かった。

大人しいわけではない。

意外と物怖じもしない。

でも、基本的には自分から前に出るより、引くタイプだった。

だいたいどんなことでも、人に合わせて過ごすことができる。

でも、自分の中まで合わせているわけではない。

小さい頃から、三男は4人の中で一番頑固だった。

表には出さないけれど、自分の思いははっきりあった。

そんな三男が大学生になった頃、私と「人に与える影響」について話していたことがある。

そのとき、三男がぽつっと言った。

「僕は人に影響を与えたいとは思わない。誰にも影響をしないし、誰からも影響を受けない」

私は、

「ああ、なるほど」

と思った。

小さい頃から、そういう子だと思っていた。

ただ、私の中にあった三男のそんなところを、うまく言葉にできていなかった。

それを三男自身が、言葉にしたような気がした。

三男の宿題を思い出しても、やっぱり大きな出来事は思い浮かばない。

宿題は、だいたいだった。

でも、三男にとっては、それでよかったのかもしれない。

やりたくないものは後回しにする。

できなくてもいいと思うものは、そのままにする。

それでも、自分の中ではちゃんと決めている。

三男は、そんなふうに自分のペースで過ごしていたのだと思う。

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