「悲しそうだったから、僕が来てあげたんだよ」―長男が話してくれた、生まれる前の記憶

子育てのあとで思うこと

長男がまだ幼稚園にも行っていない頃のこと。

次男がお昼寝をしていて、長男と二人でゆったり過ごしていたとき。

ソファーに座って、長男を膝に抱っこしてお話ししていました。

以前どこかで、子どもは小さい頃なら、生まれる前の記憶を覚えていることがある、というようなことを本で読みました。

そのことを、なんとなく思い出したんです。

そして長男に聞いてみました。

「どうしてお父さんとお母さんのところに来てくれたの?」

すると長男は、

「だって、お父さんとお母さんが悲しそうだったから、僕が来てあげたんだよ」

と言いました。

「えっ?」

私は驚いて、少し泣きそうになりました。

長男を妊娠する少し前に、私は流産していたんです。

だから、その言葉を聞いた瞬間に、そのときのことが頭に浮かびました。

もしかしたら、この子はどこかで私たちを見ていて、悲しんでいるところに来てくれたのかな。

そう思ったら、なんだかとても愛おしくなりました。

「どうしてそう思ったの?」

そう聞くと、長男は当たり前じゃんと言うような顔で、

「だって悲しそうだったんだもん」

と言ったんです。

私は長男をぎゅっと抱きしめました。

本当に生まれる前のことを覚えていたのかなんて、私には分からない。

でも、そのときはそんなことはどうでもよかったんです。

この子が私たちを選んで来てくれたんだ。

そう思えたことが、ただ嬉しかった。

そして、何に対してなのかは分からないけれど、すごく感謝しました。

その後、下の子たちにも同じようなことを聞いてみたことがあります。

でも、

「え?そんなこと知らない」

「わかんない」

との返事でした。

「ああ、この子たちは覚えてないんだな」

少し残念には思ったけれど、ただそう思っただけでした。

長男だけがたまたま話してくれたんだなって。

長男が小学校高学年か中学生くらいになった頃、そういえばこんなことを言っていたよ、と本人に話したことがあるんです。

すると、

「は?覚えてない」

と、そっけなく言われました。

まあ、そうだよね。

3歳くらいの頃のことなんて、覚えていないよね。

私だって、いつもこの出来事を思い出しているわけじゃない。

覚えている、というほどでもない。

忘れているわけでもない。

どこかにぼんやり残っている。

この出来事を思い出すと、この子は私たちを選んで来てくれたんだなって、心がじんわり温かくなるんです。

コメント

タイトルとURLをコピーしました