「お母さん、来週の土曜日、○○くんを家に呼んでもいい?」
子どもたちが小学生の頃、こんなふうに予定を聞かれることがよくありました。
「今日、遊びたいから連れてきた。」
そんなことは、ほとんどありません。
子どもたちも分かっていたんです。
我が家で友達と遊ぶには、前もって相談が必要だということを。
わが家のルールは「前もって相談」
我が家は、友達を自由に家へ呼ぶことはしていませんでした。
夫はあまり人を家に招くことが得意ではありませんでしたし、家族六人で暮らすには決して広い家ではありませんでした。
だから、
基本は外で遊ぶこと。
家でゲームをしたい時は事前に相談すること。
小学生のうちは親が家にいる時だけ。
そして、家のルールや一般的なマナーは、うちの子がお友達にもきちんと伝えること。
そんな約束をしていました。
本当は、いつでも「いいよ」と言いたかった。
私は人を家に呼ぶことが好きです。
子どもの友達とも話してみたかったし、みんなで賑やかに過ごす家にも少し憧れていました。
でも、思いだけではどうにもならないこともあります。
家族みんなが気持ちよく暮らすためには、家族みんなの気持ちも大切でした。
だから、すぐに返事をすることはできませんでした。
カレンダーを見て、家族の予定を確認して、それから返事をする。
そんなやり取りを何度も繰り返していました。
「いいよ」と言えた日の、子どもの顔
でも、「今日はどうしても。」という日もありました。
そんな時は、できる限り何とかしてあげたい。
予定をやりくりして、
「いいよ。」
そう言えた時の子どもの顔は、今でも忘れられません。
「えっ!いいの?」
その一言が、本当に嬉しそうで。
私は正直、「あぁ、片付けなきゃ。」「おやつも用意しなきゃ。」と少し面倒に思う気持ちもありました。
でも、その嬉しそうな顔を見ていると、不思議と私まで晴れやかな気持ちになりました。
4人それぞれの友達と、うちのルール
兄弟四人、それぞれ友達の雰囲気も違いました。
大人しい友達が多い子。
上品な友達が集まる子。
元気いっぱいの友達を連れてくる子。
中には「あの子はちょっと…」なんて話を聞く子もいました。
でも、うちでは困ったことは一度もありませんでした。
息子たちが、
「うちではこうだからね。」
と、お友達にちゃんと伝えていたからです。
親が注意するのではなく、子どもたち自身が友達に伝えて、ルールを守ってもらう。
それが、我が家では当たり前になっていました。
「また今日もお願いします」——よそのお宅への気持ち
一つだけ、いつも気になっていたことがあります。
どうしても遊ぶ場所は同じお友達の家になりがちでした。
「また今日もお願いします。」
そんな気持ちがあって、お菓子を持たせたり、届けたり。
子どもたちが遊びながら食べられるものだったり、お母さんがほっと一息つけるようなものだったり。
ほんの気持ちだけ。
「気は心だから。」
そう思って渡していました。
お礼だけ言って帰るつもりが、玄関先で話が弾んでしまって。
気がつけば立ち話が長くなっていたことも、一度や二度ではありません。
田舎なので送迎は車が当たり前。
だからこそ、子どもだけではなく親同士も顔を合わせる機会がありました。
あの時間も、今思えば大切なご縁だったように思います。
そして、彼女がやって来た
中学生になると部活が忙しくなり、友達と遊ぶ時間は自然と減っていきました。
遊ぶ場所も家ではなく、少し遠くへ。
今度は送迎だけが私の役目になりました。
ある日、中学生の長男が言いました。
「彼女を連れてきたいから、家を片付けて。」
しかも、
「兄弟がいない日にして。」
という注文まで。
私は玄関から子ども部屋までの動線だけを必死に片付けました。
お茶とお菓子を持って部屋へ行き、あとはそっと退散。
本当は気になる。
どんな話をしているのかな。
少し覗いてみたい。
でも、それは我慢しました。
子どもが小さい頃は、友達を家に呼ぶことで悩んでいたのに。
気づけば、彼女を迎える準備をしている。
親の役目も、子どもの成長と一緒に少しずつ変わっていくものですね。
思いだけでは、どうにもならないから
子育てをしていると、思いだけではどうにもならないことがあります。
子どもの願いを叶えてあげたい気持ちはあっても、家庭にはそれぞれ事情があります。
我が家には我が家の暮らし方があり、その中で家族みんなが気持ちよく過ごせる方法を考えてきました。
今振り返っても、あの頃の私たちにできたことは、それが精一杯だったと思います。
思いはあっても、できることとできないことがある。
だから、その時その時で考え、悩み、精一杯やるだけ。
四人の子育てを終えた今、
あの頃の私にかけたい言葉は、
「お疲れ様。」
それだけです。


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