「誕生日、何が食べたい?」
実家に帰ったとき、母にそう聞かれました。
少し考えて、私は答えました。
「手羽先!」
風来坊の手羽先。
大好きなのに、妊娠してからずっと我慢していました。
妊娠中から、食事にはかなり気をつけていたと思います。
第一子だったこともあって、何もかも手探り。
お腹の中の赤ちゃんのために、授乳のために。
「これは食べていいのかな」
「これは控えたほうがいいのかな」
そんなことを気にしながら過ごしていました。
長男が生まれてからも、それは続いていました。
母乳だけでは足りなかったようで、ミルクとの混合。
離乳食も、少し遅めだったと思います。
そんなふうに過ごして、長男は8か月くらいになっていました。
妊娠中から数えたら、もう1年半くらい。
その間ずっと、食べたいものを好きなように食べるということを、なんとなく我慢していたんですよね。
だから、その年の誕生日。
「もういいよね」
そんな気持ちだったんだと思います。
母に「手羽先が食べたい」と言ったら、たくさん買ってきてくれました。
実家だったので、子どものことも見てもらえる。
私は久しぶりの手羽先を、思いっきり食べました。
揚げ物。
香辛料。
そして、手羽先だけでお腹いっぱいになるくらい。
大満足でした。
久しぶりに好きなものをたくさん食べて、誕生日を満喫しました。
ところが、次の日。
朝から、おっぱいがおかしい。
パンパンに腫れていて、熱っぽい。
とにかく痛い。
子どもに吸ってもらおうとしても出ません。
自分で絞ろうとしても、触るだけでも痛い。
それでも、なんとか出そうとするのですが、出てこない。
長男も、おっぱいが出ないので怒っています。
私も、
「何が起こってるの?」
という感じでした。
熱も出てきました。
乳腺炎という言葉すら、私は知りませんでした。
その頃の私は何もわからない。
ただ、
「なんとかして」
それだけでした。
実家にいたので、母が近所の知り合いに電話して、いろいろ聞いてくれました。
そして、すすめてもらった助産院に連絡して、診てもらうことになりました。
もう、藁にもすがるような気持ちでした。
助産院では、しっかりマッサージをしてもらって、詰まっていたものを出してもらいました。
すると、クリーム色のドロッとした母乳が出てきました。
それまで全然出なかったのに、出てきた。
そして、やっと楽になりました。
あんなに痛くて苦しくて、どうしていいのかわからなかったのに。
出てきたことで、ほっとしたんでしょうね。
助産院で何を言われたのか、今となってはほとんど覚えていません。
ただ、
「こんなにドロドロだよ。油物食べた?」
みたいなことを言われたような気がします。
私はそのとき、
「ああ……やっぱり手羽先だ」
と思いました。
そして、
「本当に、食べたものがそのまま母乳になるんだ」
と。
今になって調べてみると、特定の食べ物を食べたことが乳腺炎の直接の原因になるとは言い切れないようです。
だから、あの日の手羽先が本当に原因だったのかは、私にはわかりません。
でも、当時の私にとっては、とても強烈な出来事でした。
妊娠中からずっと食事に気をつけてきて、
「もう8か月だし、誕生日くらい好きなものを食べてもいいよね」
と、久しぶりに思いっきり食べた翌日に、おっぱいがパンパンに腫れて、熱まで出た。
あのときの私は、
「やっぱり授乳中は食べるものにも気をつけなくちゃいけないんだ」
と、思いました。
その後、揚げ物を一切食べなくなったわけではありません。
でも、それまで以上に食べるものには気をつけるようになりました。
何事も、ほどほどがいい。
今振り返ると、そんなことを思います。
そして、この話を思い出していたら、母の話まで思い出しました。
私が赤ちゃんだった頃。
母も授乳中に、蓮根を大量に食べたことがあったそうです。
すると私は、発疹だらけになった。
母も「食べたものが母乳に影響した」と思ったらしい。
……親子で同じことしてる。
そう思ったら、なんだか可笑しくなりました。
あの頃の私は、初めての子育てで何もわからなくて。
食べるものひとつにも、これで大丈夫なのかなと手探りでした。
母もきっと、同じだったんでしょうね。
あの日の「なんで?」「どうしたらいいの?」という気持ちと、助産院でやっとおっぱいが出たときのほっとした感じは、今でも覚えています。
そして、1年半我慢していた手羽先を、お腹いっぱい食べた日の満足感も。
あれはあれで、忘れられない誕生日です。


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